福岡史朗の新譜“+300gram”レビュー
福岡史朗、2019年10月6日リリースの新譜“+300gram”は快作である。2019年製のスマートなグラムロックだ、たくさんの人に聞いてほしい。
もともと福岡のつくる音楽は簡素かつソリッドだったが、今回は300gramsというスリーピースバンドを結成し、前作までの課題であったダイナミクスを獲得するのに成功している。
なにしろむちゃくちゃカッコいい。私は最初に聴いた直後に、すぐさまこんな感想をツイッターに投稿した。
福岡史朗の新しいアルバムができた。今回の特徴は柔軟でニュアンスにとんだリズムの三角形。とりわけ大久保由希のベースと中原由貴のドラムのスリリングな絡みは絶妙。ストリーミング配信はされていないから、ぜひCDを購入されたし。
この女性ふたりのリズムセクションが醸しだすグルーヴの妙を聞くだけでも、アルバムを入手する価値がある。スピード感があるのに、安定感がある。淡々とした演奏スタイルだのに、うねりと粘りがある。
その主体的なボトムに支えられた、福岡史朗の弾くリズムギターはいつも以上にファンキーだ。自由闊達で、自信に満ちあふれている。そして、彼がこれほど多彩な技を持ち合わせている事に驚かされる。引き出しが豊富なギタリストだ。
それにしても、なんというシンプルで潔いアンサンブルだろう。スピーカーの真ん中で耳を凝らしてみても、聞こえるのはトリオの奏でる音だけ。オーヴァーダビングも最低限で、余計な装飾音は一切ない。痩躯の福岡そのものの、贅肉のないアレンジである。
そこに福岡のうたう歌がかぶさる。前作の“KING WONDA NUGU WONDA IA KIKELE(2018年)”は全体の調和を意識したトータルアルバムで、内容も吟味された物語性を感じさせる歌詞だったが、今回の“+300gram”の歌詞は、意識的に語義を剥ぎとったかのような印象を受ける。解釈は聞き手に委ねる、それよりも語感そのものを重要視するといったふうな。それにより歌と演奏とが分かちがたく結びつく。単語の羅列はむしろ視覚的要素を多く含み、聴覚だけではなく五感を刺激する。断片的な映像が目に浮かび、身体がひとりでに動きだす。そのことはタイトルを並べてみれば一目瞭然だ。
01ソーダ 02自由 03ビート 04子ネズミ 05ケチャップ 06ジョーク 07ルル 08ハサミ 09ララ 10パイを焼こう 11ビワの実 12ISO BOOTH55 13ほつれた袖
聞いてみようか。YouTubeにアップされている3曲のうちから「ビート」を。
アルバムの中では落ち着いた雰囲気のナンバーで、福岡と、コーラスをうたう大久保由希との息もぴったりだ。
……それにしても、今回は低音が効いてるな。
私は最初にダイナミクスが福岡の課題だったと書いた。が、プロを相手に不遜だと指摘しなかった。今回の作品では、その課題が克服されている。グイグイ前に出てくる感じがする。迫力の源は奏者3名の演奏によりもたらされた“勢いとゆとり”なのだが(今回も)マスタリングを施した高橋健太郎のセンスかもしれない。とにかく低音が伸びやかに出ており、聞いていて疲れない。音質そのものを愉しめるのだ。
◯◯に似ている、という感想ほど野暮なものはないと思うが、
私は“+300gram”を聴いて、かのプリンスがデビュー前にトリオで録った“Jazz Funk Sessions”を連想した。対象への距離感や覚醒した演奏のありようが共通するというか(上手く言えないが)。つまり、それくらいカッコいいと言いたいんだよ。
あっ、もう一つ触感の似ているアルバムがあった。ジョン・レノンの『ジョンの魂』だ。どちらも基本的にギターとベースとドラムの三位一体で成立している音楽。
ここで、あらためて確認しておきたい。
福岡史朗は“+300gram”において新境地を開拓した。自己模倣の罠に陥ることなく前作とは全く違うスタイルを提示した。
それって凄いことだと思うよ。
なお前掲のツイッターでも触れたが、福岡史朗の作品群はSpotify等のサブスクリプションでは聞けない。YouTubeにアップされた3曲もいいが、他にも優れたナンバーがめじろ押しだ。私は「子ネズミ」の宮沢賢治的リリカルな描写と、「ルル」のファンクネスが目下のお気に入り。
だから、
悪いことは言わない。入手して損はない。一家に一枚の傑作です、“+300gram”は。
鰯 (Sardine) 2019/10/12 (※文中敬称略)