塩パンが最高と評判のパン屋さんの前を通過したので私たち夫婦は立ち寄ってみた。
焼きたての塩パンとメロンパンを熱いうちにと駐車場で食べた。ところが最初こそ旨かったが、しょっぱさが次第につのり、バターたっぷりの(実はマーガリン)が舌に残る感じがして二個めの後半は辛かった。
「オレ、知らず知らずのうちに、味覚が鋭敏になったのかな?」
と、私がうっかりもらした一言を、妻は聞き逃さなかった。
「知らず知らずって。太りすぎて高血圧のあなたのことを思って、メニューを考えてきたんだよ。量も塩分も控えていること、知らないはずないでしょ」
と呆れ気味にこたえた。これには私も恐縮し、すまない、と謝るしかなかった。
「ごめん。知らず知らずは間違いだった。塩分控えめにしてくれたお陰で、少しずつ血圧も下がっている。体重も四月の頃からずいぶん減った。ありがとう」
そう、知らず知らずのうちに、私は妻の努力をないがしろにしてきたのだ。指摘されて、ようやく分かった。言われなければ気づかないのは、私の欠点である。
私たち夫婦はしょっちゅう話している。話題は尽きない。車内のラジオから音楽が流れると、すぐにその曲についての感想がはじまる。例えば「ザ・ギフト」の邦人ジャズシンガーのカヴァーヴァージョンがかかったとする。と、歌のフェイクのしかたについて、二人の見解は分かれる。それから誰のヴァージョンを好むかでも。妻はハンク・モブレーの演奏を基準とする。が、私はイーディ・ゴーメの歌をただちにイメージする。解釈の違いについて延々と話あうのだ。
そんなややこしい夫婦関係が、数えれば29年も続いている。私たちが挙式したのは11月23日、「いい夫婦の日」の次の日である。結婚記念日だからといって特別なことは何もしなかった。午後3時に不味い塩パンを食べたくらいだ。それでも昨日は何となくいい日だったんじゃないか。私は勝手にそう思っている。知らず知らずのうちに、ではなく、いつだって。
「これからもよろしく」と思っている。鰯 (Sardine) 2021/11/24
追記:ちなみに私たち夫婦が熊本市内でいちばんだと思うパン屋さんは、東区神水交差点にある「石川製パン」(昨日はたまたま休みでした)。