岩下 啓亮
8 min readFeb 10, 2019

最左翼の“オザシン”イワシ、ヘイトデモ・カウンターの頭数になる

2月3日(日)、熊本市で日本第一党の主催によるデモが行われた。俗に言う「ヘイトデモ」である。連中の旗印は「日韓断交」。こいつは許せん、看過せないな、とおっとり刀で駆けつけた。

しかし、デモ隊の集合場所が特定できない。私はTwitterを開きっぱなしにして、

[ #0203熊本ヘイトデモを許すな ]

というハッシュタグを見た。すると、鶴屋デパート裏・旧小泉八雲邸横の公園にデモ隊が集結しているという情報を得た。

曇天の空の下、日章旗と旭日旗の朱色が見えた。

駆けつけると、既に数名のデモ隊が集まっていた。そして、これも数名のカウンターが集まっていた。カウンターとは、ヘイトスピーチを許さないという意思のもと、排外主義の団体に対抗する者たちの呼称である。私が公園の中に入ると、カウンターの一人が、あのーと声をかけてきた。ぼくは、

「頭数になりに来ました」

と符丁を告げた。それで緊張した面持ちがやや緩んだ。彼は「プラカード、持っていますか?お貸ししますよ」と言った。私は好意に甘え、ありがたく受け取った。なにせ、カウンターに行こうと決心したのは、数時間前のことだったから、準備してなかったのだ。

「警官、多いね。去年はいなかったのに」

「あー、10月14日の熊本駅前ですね。わずか10分で解散したという。いらっしゃったんですか?」

「うん。カウンターは2度目です」

福岡から来たらしい彼と話している間にも、県警の青いジャンパーを着た方が、ぴたっと近づいてくる。何だなんだ、なんでボクらを警戒するんだ?と私は不愉快になった。

「降ってきたわねー」

昨年秋に見かけた方が、駆け寄ってきた。軽く会釈して、相手の様子を窺っていると、通町の方角から、デモ本隊らしきが合流してきた。

「いよいよ、始まりますよ」

カウンターの一人が注意を促した。彼は簡易スピーカーを肩から下げ、あらかじめ録音した音声を流している。「沿道の市民のみなさま、お騒がせしています。このデモ隊は差別と偏見に満ちた、ヘイトスピーチをする団体です。私たちは人権を侵害するヘイトデモに対して抗議します。しばらくご迷惑をおかけしますが、ご容赦ください……」。

午後2時すぎ。

デモ隊が列をなして行進し始めた。人数は20名前後だが、それと同じくらいの警察官が、デモの周りを取り囲んでいる。警察に護衛されたヘイトデモ。なんという倒錯だろう?

昨年10月にお世話になった見覚えある男性が合流した。けれどもカウンターの人数がやや少ない気がする。やがてデモ隊と警察、それにカウンターは、熊本の繁華街、下通パルコ前に移動した。そこにはさらに大勢が集結していた。前回のデモ隊は10数名だったが、今回はその3倍ほどに膨れ上がった。さらにデモを警護する警官の数が、デモ隊よりもさらに増えていた。

だけど、カウンターは怯まなかった。のそのそと進みだすデモ隊に負けないように、鋭い抗議の声を上げる。

差別をするな!仲良くしようぜ!ヘイトをやめれ!お家へ帰れ!

デモ隊に接近しようとすると、警官に静止される。2, 3人がかりで、押さえつけられるのだ。私は割とヘタレで、少しデモ隊と離れていたから、警官と揉めることはなかったが、それでも離れてください、通行の邪魔をしないでください、と女性警察官に再三注意れた。私は反論しなかったが、しばらく睨みあった。そしてデモ隊に聞こえるように、差別を、するなー!と大声で怒鳴った。彼女は、目を逸らした。

デモ隊は下通アーケード街を進む。何ごとか良からぬことを言っているようだが、カウンターの抗う声に遮られ、沿道まで届かない。銀座通りの交差点で、周りを見渡してみた。奇異な目を向ける市民。その蔑んだ目は旭日旗を掲げる団体に向けられたものか、それとも声を荒げるカウンターに向けられたものか。中高生の男子が奇声をあげていた。二十歳前後の娘さんたちが眉を顰めていた。中高年のおじさんたちが「迷惑」げな顔をしていた。私と同じくらいの年齢のオッさんたちは、排外主義を唱えるエセ右翼と、私たちカウンターの、どちらを嫌っているのだろう?今の日本社会をみれば、敵意はむしろ、私たち「サヨク」に向けられているのかもしれないと感じる。

新市街に入って、デモ隊が止まり、カウンターと対峙する形になった。私は彼らに問うてみた、

「君たち、それでも“愛国者”か? おれにはそうは思えない。韓国と国交を断絶し、交易がなくなったら、日本の経済は沈んでしまうぞ。それでも、いいのか?」

返事はなく、連中はせせら笑うばかりだった。その代わり、辛島町電停の交差点を渡るときに、こんな罵声が投げかけられた。

「この、共産党員奴(め)が!」

ぼくは反射的に言い返した。

「生憎だな、おれは自由党だ!」

何人かがギョッとした。自由党が「自民党」に聞こえたのかもしれない。

辛島公園に陣取ったデモ隊は、何人かの弁士が入れ替わり立ち替わりで、覇気のない声で莫迦げた主張を繰り返していた。「朝鮮人の侵略を許すな、万世一系の日本を守れ」。すぐさまカウンターから「天皇を利用するなよな」と茶々が入る。悔しげな顔をするヘイトスピーカー。しばらくすると奴はカウンターの一人を指して、

障害者を、利用するなぁ

と叫んだ。車椅子に座った彼は、前回10月にも来ていた。利用?とんでもない、彼自身の意思でカウンターに臨んでいるのだ。何てこと言いやがる!

弁士の暴言に、カウンター勢は一斉に憤った。どういうことだ⁉︎と詰め寄ろうとした。しかし、ヘイトデモ隊を二重に取り囲んだ警官が詰め寄るのを阻止する。どうして止めるんだ、とカウンターが叫ぶ。

「あいつら、明らかに差別してるだろうが。ねぇお巡りさん、差別を撒き散らすヤツらをなぜ護る?守られるべきは、弱者の、市民の側だろうよ!」

ヘイトスピーチは続く。「日本政府は弱腰だ、いざとなれば我々は戦争も辞さない覚悟がある」と。ハッ、何が「覚悟」だ、軽くなったもんだ、覚悟とやらも。

そして宮崎から来たという青年が、ついに「戦争反対」を連呼した。

戦争反対!戦争反対!戦争反対!

カウンターの声が一つになって、辛島公園じゅうに鳴り響いた。雨は激しさを増し、身体の芯まで凍えそうだったが、心は熱かった。ヘイトデモの一人が、カウンターに向かって「くるくるパァ」の仕草をしていた。立派な仕立てのスーツを着ていたが、その初老の男の姿は見すぼらしかった。警察官が困惑した表情で、静かにしなさい、とわれわれを諌めた。私もさすがに文句を言った。静かにさせるべきはあっちでしょう?と。警察官は「もうすぐ終わりますから」と苦笑いした。

3時45分、警察の説得もありデモ隊は解散した。その様子を見届けたカウンターも、辛島公園から一人ひとり去っていく。

顔見知りの男性にあった。忙しいさなか、途中から急きょ駆けつけたのだ。喉が涸れたでしょうと言って、のど飴をくれた女性もいた。イワシさんのツイッター見ていますよとおっしゃったので、照れた。そういや私のすぐそばにはツイッターで相互フォローの青年もいた(あとで分かった)。私たちは軽く会釈を交わしながら、方々に散っていったが、そのとき、私は警察官に「ちょっと」と呼びとめられた。

「みなさん、前からのお知り合いなんですか?」

私は、いいえ、と首を横に振った。

「誰とも交流ありません。SNSでヘイトデモの報せがあったから、それぞれが自由意志でカウンターに参加している。……と思いますよ、知らんけど」

それから私は踵を返し、下通アーケード街の人混みに紛れた。

それにしても、と思う。もう少しカウンターの人数が必要だと。30人程度のヘイトデモ隊よりも、カウンターは僅かに少なかったし、それより警察官の動員が半端なかった。おそらく50名は下るまい。警察は、ヘイトデモを護衛し、私たちカウンターを退けた。この圧倒的な不均衡に対抗するには、もっと「頭数」が必要だ……

守られないカウンターは、守られるデモよりもはるかに辛い。私は数年前に熊本で初めて参加した、秘密保護法反対のデモを思い出していた。

それから「梯団」の先頭を仕切っていた若者たちのことをふと考えた。彼彼女らは今どこにいるのだろうと。例え党派や思想の隔たりがあっても、ヘイトスピーチの邪悪に対抗する意志は、君たちにも分かってもらえると思うんだけどな。

もうすぐ57歳を迎える初老のおっさんは帰りしなそんなことを考えていた。鰯 (Sardine) 2019/02/10

註:はてなブログ『鰯の独白』にも転載しました。2019/02/11

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Written by 岩下 啓亮

鰯です。熊本在住。イワシ(Sardine)とお呼びください。Mediumを日本語と英語の練習帖として活用しようと思う。Medium以外では、こちらを回遊しています。Twitter → @iwashi_dokuhaku はてなブログ『鰯の独白』→ kp4323w3255b5t267.hatenablog.com

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